【ZINE再掲連載】はじめての沖縄① 沖縄を知らない。
昨年の沖縄旅行をZINEにまとめたものを今年の1月に名古屋ZINEフェスにて頒布した。せっかくまとまった文章を書いたので、ブログでも読めるようにしようと思う。正直なところ、頒布して手に取っていただいた数はそれほど多くなかった(それほど刷っていたわけでもなかったが)。
名古屋ZINEフェスは諸々の難しさを体感した1日で、自分と同様に本土の人間として手に取ってくれた方、沖縄出身で手に取ってくれた方、広島出身で「広島版も作ってほしい」と言ってくれた方、本土出身で「本土の人間が沖縄を語るんですか?」と聞いてくれた方(結局買ってくれなかったっけ)。いろんなひとと直接話すことができて楽しい1日だった。
個人的には「沖縄を語る」だなんて、大きな話をするつもりはない。沖縄に初めて行って感じたことや考えたことをそれでもそれなりの衝動をもって書いた。
きっと書いた文章はいまと異なる考えをしている部分はあると思う。それでも、それはそれとして記録として残しておく。
沖縄を知らない。
手に取っていただきありがとうございます。この本は1人の内地の人間が沖縄にはじめて行った3日間とその前後少しの記録を個人的にまとめたものです。
2024年、ポッドキャスト番組『岸政彦の20分休み』に激ハマりしました。ありふれたどこにでもある話を集めて話す。という趣で、教訓もなければ学びもない。だけど、そこにはかけがえのないものもあるよね。という番組です。
パーソナリティで社会学者の岸政彦先生が『荻上チキ・Session』に出演したときにその存在を知ったのですが、そのときの特集「大阪の生活史」が面白く、あっという間に心を持っていかれました。岸先生は沖縄で質的調査をしている社会学者です。『100分de名著』の出演(このブルデュー回は控えめに言って神回なのでNHKオンデマンド入って見てください)をきっかけにTwitterでフォローしていたようでした。
沖縄に行ったことはありませんでした。高校の頃、修学旅行先のアンケートで生徒の大半が北海道か沖縄を挙げていたが叶わず。その地名から連想するのは青い海と空。同時に沖縄戦や米軍基地。前者は昔見た『ちゅらさん』の記憶でしょうか。もちろん、その後の諸々によって植え付けられたものも含めて。後者は最低限の知識。
昨年はじめて広島平和記念資料館を目的に広島に行きました。30を過ぎてようやく自分が生まれた国の歴史について知りたいと思ったからです。沖縄もその流れで行ってみたい場所でした。
1年かけて番組を聴いていると岸先生がやっていることをもっと知りたくなり、岸先生や共同で研究をしている打越正行先生、上間陽子先生の本を読む中で沖縄に行ってみたい。という気持ちが大きくなった頃、1ヶ月先の週末の予定がぽっかりと空くのがわかりました。
このタイミングかと思い、有給申請。34にもなって初めて1人で乗る飛行機。なぜ飛行機というのは全部価格が違うのか。HISの旅行パックも直前すぎてか追加の料金を払う必要のある宿しかない。空港は静岡かセントレアか。ええい、勉強代だ。払ってやる。こちとら34じゃい!と、クレジットカードで交通費と宿泊費、レンタカー代を含め10万ほどの金額を一括で支払いました。
そうして沖縄に行くことになりました。
はじめに:この記録について
社会に対する関心を強く持ったことがあまりなかったように思います。
1995年の阪神淡路大震災と地下鉄サリン事件は物心が着く前であまり記憶がなく、2001年のアメリカ同時多発テロ事件は遠い国で起きたよくわからない出来事。2011年の東日本大震災が初めて自分と社会の関わりを密接に感じたかもしれません。それくらい、小さな世界で生きて自分が生きている社会が繋がっている認識をしていませんでした。
その後専門学校を卒業して印刷会社でデザイナーとして働き始めました。
その会社はここだけ昭和が続いているのか?と思うような労働環境で、気を紛らわすために先輩社員たちはもれなく某Tubeに違法アップロードされた深夜ラジオを聴いており、それを見ていた自分も例外ではありませんでした。
そんな日々が続く中で現れたのがradikoのエリアフリー。毎月350円くらい払えば合法で伊集院さんの番組が聴ける。そこで出会ったのが『たまむすび』や『Session-22』を放送しているTBSラジオです。特に『Session-22』は大体まだ仕事をしている時間に放送されていたので毎日聴くのが習慣になっており、自分が社会というものに対する関心を持つきっかけは『Session-22』だったのだと思います。
それから10年近くが経ち、『Session-22』は『Session』と放送時間と番組名をを変えて続いており、自分もほぼ毎日(全部は聴けていないが)聴いています。
はじめて聴くラジオのニュース番組がチキさんと南部さんの『Session-22』じゃなかったら、きっといまの自分と違う自分になっていたのだと確信しています。
沖縄への旅行から半年近く経ち、沖縄の歴史を、現在の沖縄が抱えさせられているものを、少しでも知れば知るほど、沖縄についてなにか語ることに恐怖も感じます。
ある種加害性を無意識の内に持たされている内地の非当事者である自分が、沖縄について語ろうとするのは暴力性を伴っているのではないか。それと同時に、沖縄のひとたちが当事者性を持って語ろうとする度に、内地や他の国で暮らしているであろうひとたちがその口を閉ざそうとするのもインターネット空間で散々見てきました。
これは沖縄で暮らしていない沖縄県民として非当事者であり、日本という国で暮らす日本人として当事者である1人の内地の人間の旅というほど崇高なものでもない個人的な記録です。お気持ち表明と思われるかもしれません。実際そうです。
旅行前後に見聞きしたものも詰め込んでいるので誰かの何か参考になることがあればうれしいです。

振り返って
沖縄旅行をして、生まれて初めてZINEを1冊作ったのだからそれなりに衝撃を受けたのだと思う。きっとどこかで「みんなももっと沖縄を知って」という、傲慢な気持ちもあったはずで、恥ずかしい気持ちもある。
また、この文章はもともとZINEとして制作したものです。現在もBOOTHで頒布しています。ブログでは順次全文を公開していきますが、紙で読みたい方はよろしければ手に取っていただけるとうれしいです。

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